御本尊

観音堂御本尊 千手観音菩薩


岩殿観音の御本尊さまは、千の手と、その手のそれぞれに千の眼をもつ千手観音さまです。全身金色の千手観音さまは「前立本尊」であり奥の厨子に秘仏本尊の千手観音菩薩坐像が収められています。
秘仏本尊は室町時代作の青銅製であり、12年に一度午歳のときにのみ、そのお姿を直接拝むことができます。
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本堂御本尊 阿弥陀如来


仁王門横手の本堂におわすのは阿弥陀如来さまです。室町時代作の木製であり、平成になってから泊の押し直しがおこなわれました。三尺ほどの立像で脇侍に観音菩薩と勢至菩薩が控えます。
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諸堂、境内案内

観音堂


岩殿観音の中心である観音堂。常の勤行や祈願法要が修され、こちらに千手観音さまが祀られています。現在の観音堂は明治12年に移築されたものですが、江戸後期の建造と推測されており、ところどころに当時の彩色がみられます。

本堂


本堂には、阿弥陀如来さまが祀られており、主に回向法要を修するお堂です。百畳の広さがあることから百畳間とも言われます。向かって正面には阿弥陀如来立像、左に阿弥陀如来坐像、右には明版大蔵経が祀られています。

薬師堂


天正19年に徳川家康より土地の寄進を受けた際に薬師堂を建立しましたが、寛永年間に焼失し、その後現在の堂宇が再建されました。また薬師堂には、明治20年の春に信州善光寺三尊阿弥陀如来を分身安置され、薬師如来と十二神将、善光寺阿弥陀如来が祀られています。

百地蔵堂


弘法大師空海の作との伝がある地蔵菩薩さまが祀られています。その両脇には地蔵菩薩さまの像が並べられ、百のお地蔵さまが祀られています。
長寿健康や子どもの無事成長にご利益があるとされます。

鐘楼


鐘楼は元禄15年(1702年)に作られたものです。屋根は萱葺きの寄棟作りで、 斗栱や天井の装飾なども極めて控え目ではありますが、往時には朱が塗られていたらしく、ところどころにその痕跡が残っています。 東松山市内で最も古い木造建築です。

銅鐘


銅鐘は元亨2年(1322年)に造られたことが銘文に刻まれています。 天正18年(1590年)の豊臣秀吉による関東征伐の際に、大道寺入道政繁がこの鐘を引きずりまわして打ち鳴らし、 軍勢の士気を鼓舞したといわれ、その時についた傷が残っています。

仁王門


運慶の作といわれていましたが、平成四年の解体修理のおりに、棟札がでて、運慶作のものは江戸時代に焼失し、現在の仁王像は、文化年間(1808-1814年)に再建されたものと判明しました。現在の仁王像は、平成の解体修理時に漆を塗りなおされ、漆の保護のため紫外線カットガラスに覆われています。

石仏


境内をかこむ石崖には石仏が安置されています。百観音(西国、坂東、秩父札所)、四国八十八ヶ所の写本尊であり、百観音と四国八十八ヶ所を参拝したのと同じ御利益が得られると言われています。

大銀杏

推定樹齢は700年を越えます。周囲は11mあり、埼玉県内でも最大級の大きさです。江戸時代には養老木と呼ばれ、多くの女性に安産・子育守護の対象として信仰されました。紅葉の見頃は11月下旬から12月。この時期には夜間のライトアップも行なっています 。東松山市指定文化財。

御朱印


御朱印は、寺院や神社に参拝をし、読経や写経によってお経を納めた証として頂くものです。決してスタンプラリーのような感覚で御朱印を集めずに、あくまでもお参りをした証として御朱印を頂くことを心がけてください。

納経所(御朱印所)


厳密にはお経を納めることで御朱印をいただくため、御朱印所のことを納経所といいます。仁王門を右に進み、本堂を右手に進んだ玄関口にて御朱印を受け付けております。

受付時間
夏期:8時30分~17時
冬期:8時30分~16時

納経料

岩殿観音の御朱印

坂東三十三ヶ所 第十番札所   千手観音の御朱印
武州七十二薬師 第四十七番札所 薬師如来の御朱印
関東百八地蔵尊 第十三番札所  地蔵菩薩の御朱印
七観音霊場 千手観音之札所   千手観音の御朱印
善光寺会  阿弥陀如来の御朱印

お守り


納経所にて御朱印帳や御札、各種お守りを頒布しております。